ブローガスト、良かったよね
8月は毎日ブログを更新しよう!というイベント「ブローガスト(Blaugust)」に参加したおかげで、個人サイト巡りブームが来ている(今も)。
SNSデトックスも相まって、RSS登録しているサイトの更新を眺めるのが楽しい。
SNSのタイムラインほど頻繁に更新物もたくさん流れてこないので読み終わって区切りをつけるのにもちょうどよく、多種多様なデザインのサイトを巡るという視覚的な楽しみもある。
そこでふと思ったのだが、個人サイトって、それそのものが創作物なのでは? ということだ。
一つの「作品」としての個人サイト
それぞれの個人サイトを眺めてみると、色もデザインも、UIもコンテンツも全然違う。
当たり前なのだが、そこには一人ひとりが「見せたいもの」を「どう見せるか」がそこに表されていると思う。
ページにボタンがある、それを押すとどのページに行くのか。ボタンの色と形はどうか。どこに配置されているのか。
文章のフォントは。行間は。小見出しのサイズと小見出しと分かるデザインは挿入されているのか。
スマホとPCで見え方はどのように変わるのか。
たったそれだけで、その個人サイトの哲学が見えてくるような気がする。
個人サイトの見るべきところは更新物だけ(その内容だけ)にあるのではなく、それを見せるためのサイト全体がひとつの「作品」なのだなということを思う。
文字しか書けないけれど
文章を書くのは上手いわけではないが、一応話をする職業に就いている程度には書くことが好きだ。
絵を描くのは嫌いではないが上手くはないし、デザインセンスやこだわりが強いわけではない。
でも、自分のサイト「Kyrie.」や「seelsorge」だって、読みに来る人が迷わない、シンプルイズザベストなレイアウトにしようということを考えてトップページなりを作っている。
それは単純に「読みたい記事を読んでもらう」こと以外に気が散るようなものをあまり置かないようにしよう、という思いからだ。
画像などをあまり貼らないのも、読んだ時の自由なイメージを妨げないようにしたいな、という思いがあるからだ。
こういうふうに考えていると、文字しか書けない自分でもこだわれる部分というのは色々あるんだなと思う。
そういう意味でも個人サイトというのは、どのようなものであっても(最小単位としては一つの記事そのもののみだとしても)、その人の「作品」であるのかもな、と思うのだ。
君も自分のサイトを持たないか?
そういう意味で、ブローガストというイベントはとても楽しい出会いが与えられるイベントであったと思うし、それは記事を読むというだけでない楽しさもあったな、と改めて思う。
Blueskyの方では「青空ブログ部」や「しづかなアンテナ」のフィードをよく眺めているし、それでも一日15分くらいしかBlueskyを見ていない。
自分にとって、Blueskyはよい意味での「ソーシャルネットワーク」として機能しているのかもしれない。
サイトに継続的に載せられるコンテンツがないよ、という人にとって個人サイトを持つことはかなりハードルが高いと思われるかもしれない。
しかしサイトにも色々あって、ティザーサイトみたいに静的なページがあって、特に何か更新されるわけではない、というのも立派なサイトである。
そういう静的な個人サイトそのものを一つの作品として作り上げる、というのも、一つの創作なのではないかなと思う。
そして何より、自分のサイトをいじくり回して自分が想像しているカタチに近づけていくその作業がまず楽しい。
記事を書く以前に、そこにある楽しさも、もっとピックアップされてもいいと思う。